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八巻 秀が愛したお店

このページでは、食通であった八巻秀が生前に通い、愛したお店を紹介していきます。

よく通った店から仲間や家族との思い出の店、そして人生の節目に訪れた大切な店まで。

当時の記憶や八巻との思い出を辿りつつ、八巻と親交のあった人々が筆を取り記録していきます。

#01 秋田「天ぷらみかわ」食旅レポート 文:久持 修

2024年11月7日、秋田入り。

ホテルに荷物を預けて、人通りもそこそこの秋田駅周辺を歩く。

 

八巻先生が亡くなったのが8月11日なので、およそ3ヶ月後のことである。

この日は、八巻先生が行う予定だったとある企業のメンタルヘルス研修の講師の代役として秋田に訪れていた。

 

今から遡ること、およそ20年前の2003年4月。

私は秋田大学大学院の八巻ゼミに入るために、東京から秋田に上京ならぬ“上秋”を果たした。(いや、「都落ち」とでも言った方がいいかもしれない・・・)

 

そこから4年間、秋田に住むことになるのだが、当時の秋田駅近辺の様子とは随分様変わりしていた。駅全体も新しくなり、秋田杉が贅沢に使われた内装でがらりと現代的な印象だ。そして駅改札を出ると買い物客で賑わう駅ビルや、駅前に聳え立つ大型のビジネスビルなど。私が慣れ親しんだ秋田駅周辺の姿とはまったく違う。

その変貌に時の流れを感じ、この間に八巻先生がこの世を去ったのだとじんわりと実感する。秋田の冷たい空気が肌に突き刺さり、寂しさが身に沁みて痛く感じるような気がした。

 

さて、今回の秋田訪問にはもう一つの大きな目的がある。

それは、八巻先生が愛した店「天ぷらみかわ」に行くことであった。

 

「天ぷらみかわ」の話をする前に、私がそれまでに食べた天ぷらの中で最もおいしかった店について語らせて欲しい。それは福島県郡山市の「天ぷら佐久間」である。

実は、このお店に初めて行ったのも八巻先生とだった。当時の私は秋田大学大学院を卒業し、八巻先生から離れ、福島県に住んでいた。職場では思うようにうまくいかず、悩んでいた。そんな時に、美味しいお店をエサに…と言ったら怒られるかもしれないが、八巻先生を福島に呼んで、仲間とともに八巻先生の研修を受けるという企画を立てたのだ。

当時の私の職場では一言発するのにも神経を使いながら、という感じであったのが、この日は、八巻先生との会話が本当に楽しくて、何も考えずに言葉を発し、そして笑いあい、心から楽しめたのである。出てくる天ぷらの美味しさとともに、心躍るような会話を体験した。私はこの時に「やっぱりついていくべきは八巻先生だ」ということを確信したのである。

 

 

そんな思い出もあり、天ぷらと八巻先生は私にとって意味深いのだ。

話を「天ぷらみかわ」に戻そう。

「天ぷらみかわ」は八巻先生がこよなく愛していた店である。

あのグルメな先生が愛した店だ。美味しいに決まっている。

無事に企業での研修を終え、秋田大学時代の八巻ゼミの同期の友人とともに店を訪れた。

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八巻先生もさぞ来たかったことだろうと思う。だから、せめてもの気持ちで八巻先生の形見のネクタイを締めて店に入ることにした。店の中は、カウンター8席のみ、それと個室のコンパクトな作りだ。すでに先客がいて、我々が入ったらあっという間に満席となった。

 

席に座ると、大将の北嶋さんと女将が温かく迎えてくれた。

カウンターの中では、じゅわり、ぱちぱちと軽やかな音とともに、一品一品天ぷらが揚げられていく。その音に食欲がそそられる。

目の前に現れた天ぷらは、黄金色の衣に包まれなんとも美しい。思わず天ぷらを前に背筋を正すほどだ。

 

まずは一口。サクッ。

今までに食べたことのないような衝撃的な美味しさであった。こんなにも軽やかな衣で素材の味が引き立つ天ぷらは食べたことがない。次々と目の前に提供される揚げたての天ぷらを無心で食べた。

特に茄子の天ぷらを食した時には驚いた。「熱いですのでお気をつけください」と言われて用心して口に運んだのだが、水分がちょうど良い塩梅で抜けており、予想していたような中から熱い汁が溢れてくることはない。サクッと軽やかな歯応えでしかも茄子の旨みがしっかりと感じられるのである。揚げる温度や時間、そして衣の加え方などによって水分をコントロールして素材本来の味を引き出しているといった大将の説明を受けて、その奥深さを実感したのである。

美味しい天ぷらと酒を心ゆくまで堪能し、気づくと店内には客がいなくなり、我々だけになった。このタイミングで、八巻先生が亡くなったこと、その代わりに今日ここに訪れていることを大将と女将にそっと伝えた。すると、女将が「八巻さんって、あの八巻さんじゃないの?」と大将に耳打ちをし、大将は「え?あの駒澤大学の八巻先生ですか?」と言ったので「そうです。ご存知でしたか」と言うと、「知ってるもなにも、良くきてくださっていました」とのことだった。

しばらくの沈黙の後、女将が口をひらく。

女将「でも、八巻先生、8月にご自身で電話をかけてこられて、『都合が悪くなったから今回はキャンセルしてください』っておっしゃっていましたよね」

私「そうなんです。あれは私がキャンセルの電話をかけたんです」

女将「でも八巻先生の携帯からかかってきたと思うのですが…」

私「え?携帯番号登録されているのですか?」

女将「はい。何人かの常連の方の電話番号は登録しています」

 

なんと八巻先生は、お店の超常連の一人にカウントされるほど良く来ていたらしい。

続けて、こんな会話も交わした。

 

大将「いやあ、今年一番のびっくりした、ショッキングなことです」

私「ところで、八巻先生はどのくらいの頻度でこの店に来ていたのですか?」

大将「そうですね、3〜4ヶ月に1回くらいはいらっしゃっていましたよ。いつもお帰りの際には次の予約を取っていかれていました。秋田の出張に合わせて寄っていただけたみたいです」

 

八巻先生の“定位置”はカウンター席の端の壁際。いつもその席に座っていたそうだ。そこで出てきた料理を一品ずつスマホのカメラで撮影をしてから食す。そして、大好きな日本酒を飲み、大将との会話を愉しむ。美味しい料理を前に、にまにまと口角を上げて話す八巻先生の姿が目に浮かぶ。きっと先生にとっての至福の時だったのだろう。

 

他に客がいなかったので、八巻先生の“定位置”にも座らせてもらった。すると、大将が気を利かせて日本酒を注いで出してくれた。「八巻先生への献杯です」。献杯に至るまでの所作の一つひとつが美しく、やはり素晴らしいお店だと感じた。そして、席に座りながらこれまで八巻先生がこの空間で過ごしたであろう様々な体験に想いを馳せたのである。

「また、必ず来ます」そう大将と女将に伝え、店を出る。

冷え込み始めた秋田の夜。八巻先生との思い出を噛み締めながら、そして口の中にまだ残る美味しい天ぷらの余韻、満たされた腹をたずさえて、私は秋田を後にした。

八巻秀の愛したお店 #01「天ぷらみかわ」

住所:秋田県秋田市大町4-4-4

電話:018-807-4627

HP:https://www.akitamikawa.com

 

◾️お料理

 みはからい 18,150円

◾️飲み物

(熱燗)高清水 生酛特別純米

福禄寿 農醸 純米吟醸

飛来泉 長享 山廃純米酒

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